ABEJA Arts Blog

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この「杖」で、社会を変えたい 創業までの軌跡(下)

2011年11月、岡田陽介(以下、岡田)は当時勤務していた企業の派遣で、米シリコンバレー・パロアルトに着任した。「新規事業の開拓」がミッションだったが、思いもよらないところで、ディープラーニングというAIの新しい可能性に出会う。

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岡田)到着して最初の数日は、スタンフォード大学の研究者に会っていました。スタンフォードの研究者からは「シリコンバレーのコミュニティに入りたいのならカフェやミートアップに行きなさい。そこにエンジニアたちが集っているから」と助言されました。

カフェにいるエンジニア風の人たちに声をかけ始めました。見れば分かるんです。真っ黒な画面にコードが羅列されているパソコンを覗きこんでいたら、だいたい当たり。

何言語?最近やった趣味的なプロジェクトは?そんなことをブロークンな英語で聞いていきました。

最初は食わず嫌いというか、先入観がありました。白人が最上位で、英語が話せないなんて論外、ましてや日本人なんてーーそんな排他的なカルチャーの中に1人で入っていって大丈夫かな、と。

ただ、共通言語であるコンピュータサイエンスを介してファイアウォールの中にいったん入れてもらえたら、フラットな関係が築ける、と分かってきました。

同時に感心したのは、出会ったエンジニアの多くが哲学や芸術にも造詣が深いことでした。この間、サンフランシスコ近代美術館の展覧会に行ったんだけど、特にこの作品がとても素敵だったんだ、なんでかというとーーという会話の端々に、深い教養がにじみ出ていた。

当時、22歳でした。小学校からプログラミングにのめり込み、高校でデッサンに没頭した。コンピュータやアートのへの関心は高くても、そもそも友達少なめな自分は、気軽にやりとりできる人が周りにいなかった。でも、ここではテクノロジーの話もアートの話も同じようにカフェで話せる。それがとてもうれしかった。

ディープラーニングの話を初めて耳にしたのは、渡米して1週間ほどたったころでした。いつものように、カフェで出会ったエンジニアと話していたら、彼が「ディープニューラルネットワーク(人の脳の機能を模したネットワークの多層構造)って知ってる?最近、面白いことが起きている」と話してくれました。

 

岡田がシリコンバレーにいたのは、ちょうどディープラーニング研究のブレークスルー前夜ともいえる時期だった。2011年にGoogleの社員有志らがひそかに立ち上げた研究チーム「Google Brain」が翌12年6月、Youtubeの猫画像を見せ続けた人工知能が、自分で猫の顔を認識できるようになったという衝撃の研究結果を発表した。さらにその年の10月、トロント大のジェフリー・ヒントン教授が率いる「Super Vision」チームが、スタンフォード大での画像認識コンテスト(ILSVRC)で、ディープラーニングの手法で精度を一気に上げたものを公表、話題をさらった。

岡田)カフェでニューラルネットワークの話を聞いたとき、最初はちょっと意外でした。「昔騒がれたけど、あまり成果が出ていないよね?」。いぶかる私に、彼は紙に概要を書いて説明してくれました。簡単に言うと、ニューラルの層を増やしていけばこれまでできなかった水準まで到達できることが分かった、と。

でもその後、徐々に現状が分かってきました。これだけアメリカで騒がれていたディープラーニングの技術をビジネス化した企業は、日本にはまだなかった。起業しようと決め、帰国しました。

シリコンバレーの生活は本当に刺激的で、定住も少し考えました。向こうで知り合った友達からは、現地の有名企業に行かないかと誘われもしましたし。

だけど、思い直しました。自分の進みたい方向とは違うな、と。

刺激的で安定した生活は送れるかもしれない。でも、これだと思った「杖」を使って、社会が変えたいと思っている自分との間には、いずれギャップが生じるだろうと思いました。

会社で働くと、”Disagree,but commit.”(不同意ながらもコミットする) という場面から逃げられない。行くならこっちだと確信しながら、組織の事情でそうではない方向に自分自身が折れていくのがイヤなんです。


「面白いの(ディープラーニング)を見つけたから起業する」と会社の元同僚に告げると、一緒にやろうと手を挙げてくれた。

岡田)最初は、資金繰りに苦しみました。企業からの受託開発を頑張って、その報酬を次の2カ月の事業資金に当ててしのいだこともあります。

避けていたはずの”Disagree,but commit.”に、自分で会社を立ち上げた後、経営者として向き合わざるを得ない現実にも直面しました。

自分の意思決定に周りが不同意、という場面がどうしたって出てくるからです。自分の意思が正しいと思えば、周囲に方向転換を強いることだってある。これはいまも難しさを感じています。

ただ、初期の綱渡りの状態から今まで空中分解せずに来られたのは、最後は仲間が私を信じてくれたから。本当に感謝してもしきれません。(了) 

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