ABEJA Tech Blog

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メンバーと社長が対話した。ABEJAの掲げる「テクノプレナーシップ」って?

ABEJAが大切にしている言葉の一つに「テクノプレナーシップ」という概念があります。

もともとは「テクノロジー」と「アントレプレナーシップ」を掛け合わせた造語で、技術とビジネス、両方の知識やスキルを持つ人を指します。ABEJAが考える「テクノプレナーシップ」は、それだけでなく「リベラルアーツ」の観点から問いを立てていく姿勢も求めています。

そもそも「テクノプレナーシップ」というコンセプトにどう行き着いたのか。互いに遠い存在にもみえる「テクノロジー」と「リベラルアーツ」をかけあわせた意味は。

「テクノプレナーシップ」をはじめ、概念を構成しているそれぞれの言葉のイメージをさらに深く掘り下げようと、社長の岡田陽介のほか、ABEJAのリブランディングに携わったオーバーキャスト代表の大林寛さんらが2月20日、社内のメンバーとダイアローグを交わしました。

その様子を紹介します。

リンゴは黒か赤か?哲学で広がった思考

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なぜ自分が「テクノプレナーシップ」を大事にしているのかを語る岡田(左端)

岡田陽介(以下岡田):今日は、なぜ自分がテクノプレナーシップという行動精神が大事だと考えているのか、その理由を語りたいと思います。

小学5年からプログラミングをやってきたんですが、高校生のころ、絵を描くことに没頭していた時期があります。3ヶ月間、朝7時~夜11時、毎日絵を描いてました。

黒い鉛筆で赤いりんごを描いたり、黒い鉛筆で白い石膏像を描いたりする。黒で「赤」や「白」を表現するという、一見矛盾したことをするために、ひたすら観察を続けていくと、見えなかったものがふっと見える瞬間があります。黒が赤に見えるよう脳の中で変換されていくプロセスが大事なんだと、その時気がつきました。見た人次第で、ものの見え方はどうにでも変わりうるのだ、と。

これがきっかけで、リベラルアーツにのめりこみました。高校・大学の授業に行かずに、哲学の本を読みふけりました。

哲学の面白さは、自分の思考とフレームワークが拡充されていくことです。例えば古代ギリシャの哲学者、タレスは「万物の根源は水である」という言葉を残しています。でも、この言葉通りに受け止めて「万物の根源が水?間違ってる」と終わらせてはいけない。

彼は、それまで万物の現象は神によるもの、でほぼ終わっていた思考の枠を問いを立てることで超えようとした。万物の事象にはなんらかの法則や根拠がかかわっているのではないかということを彼なりに考え、それは「水」だと思ったわけです。当時の人が何を考えていたのかを知ることで、自分の思考の枠も揺さぶられる。勉強になりました。

アルゴリズムが支配する世界

岡田:次に、人工知能の進化で何が起きていくのかを話したいと思います。 Googleマップを思い浮かべてください。家に帰るために最適なルートを知りたい時、まだ「フェーズ1」のGoogleマップで調べても、ビミョーなルートしか示されなかった。そのルートに従って帰っても、逆に遠回りになってしまうこともありました。この段階では圧倒的に人間のほうが有利だし、賢い。

ですが、ディープラーニング革命によって人工知能が進化した「フェーズ2」にすすんだことで、最近はGoogleマップの示すルートの通り行くと、早く目的地に着けるようになりました。

ここからさらに「フェーズ3」に入ると、どんなことが起きうるのでしょう。人工知能が人間よりも圧倒的に良いルートを教えるようになり、人間が道順など考えずにすむ時代になる半面、人工知能に従わない人間は、なんらかのペナルティを払わなければならない世界になる可能性も出てくる。

知性の速度と複雑さという点で、 これまでホモ・サピエンスよりも賢いふるまいをするものはいませんでした。しかし今、人間よりも賢い存在が現れようとしている。それがアルゴリズムです。

イスラエルの歴史学者、ユバル・ノア・ハラリが自著「ホモ・デウス」でそう指摘しました。

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では、今後はどうなるのでしょうか?

アルゴリズムがもっとも賢いとされる世界では、アルゴリズムを管理操作できる立場にいる人が、ホモ・サピエンス社会のヒエラルキーの頂点に立つ。遺伝子工学とサイボーグ工学で不死を手に入れるとともにほかの人間たちを支配し始める「ホモ・デウス」という階級が生まれる。ハラリは自著でそう予言しています。

アルゴリズムによる様々なビジネスを展開している企業は、この論点にどう向き合っていくのか。例えばGoogleは2018年秋、ハラリを招き、対話の機会を持ちました。 www.youtube.com

Googleのようなアルゴリズムをつかった事業を展開したり、そして不死の領域に積極的に投資したりしている企業やそこで働く人間たちは、事実上「ホモ・デウス」になりえるのですが、しかし「お前はホモ・デウスとして、ヒエラルキーの頂点に立つ世界観を作ろうとしているのか?」と問われたら何も答えられなくなる。それは誰もわからないからです。だれもでも、こうした問いを持ち続けることはとても大事だと思っています。

世の中の資本家や経営者のなかには、人間の知性は欲しいけれども、意識はいらないと思っている人がいる。人間は感情があるがゆえに、合理的な判断ができないこともあるからです。その考えを突き詰めていくと、知能の面は全てアルゴリズムに任せてしまえるのなら、人間を守る必要性はないということになってしまう。国家も人間を守る必要がなくなるから、社会保険もなくなっていく。最低限の人間で国家が回るようになる。

そんな事態がありえてしまうようなテクノロジーが相次いで出現している今、人はどこに向かうのか?ということを問い続けていきたい。こうした思考そのものがリベラルアーツだし、テクノプレナーシップにリベラルアーツの視点が不可欠な理由なのだと思っています。

私たちはアントレプレナーシップに基づいてテクノロジーの社会実装をどんどん進めていますが、リベラルアーツの観点でものごとをとらえようという気持ちを持ち続けないと、テクノロジーの影響で、望んでもいなかったような方向に進んでしまいかねません。未来のことは誰もわからないし、どこかフワフワしているテーマではありますが、考え続けることが大事。そして、考え続ける会社が200年〜300年後の歴史をつくっていくのではないかと思っています。

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ダイアローグの様子を収めたグラフィックレコーディング

「テクノプレナーシップ」をABEJAのものにーリブランディングの試み

大林寛(以下大林):2017年に始まったABEJAのコンセプトやブランドを再構築するリブランディングプロジェクトにかかわりました。リブランディングにあたり、岡田さん自身の中にコンセプトがありそうだったので、岡田さんの話を深く聞くところから始めました。

その時に岡田さんからはこんな言葉が出てきました。 「良い意味でのカオス」 「答えのないことを問い続けることが喜びになるべきなのか」 「何かを実装することが、悟りの道に続いていくのか」 「論理は終わった。それを超越した力が必要」 「自分が作っているものによって自分がつくられていく」 「アルゴリズムを考えたときに、答えは全部一つになる」 「均質ではなく離散」ーーーなど。

話を聞く中で、岡田さんから「テクノプレナーシップ」「リベラルアーツ」という言葉が何度か出てきました。ここを出発点に、コンセプトを練り始めることにしました。

テクノプレナーシップは1990年代、ITが盛り上がっていた時代のアメリカで生まれた言葉で、テクノロジーを使って起業することを指しています。当時は「テクノプレナーシップ」とGoogleで検索しても5件程度しか出てこなかった。まだ社会に広まっていないこの概念を、ABEJAのものにしていこうと思いました。

岡田さんが思い入れを持っていたり、今回のコンセプトに近いことを考えていた先人たちの言葉やフレームに、この概念を当てはめてみました。

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第一世代の人工知能研究者であるマーヴィン・ミンスキー※は自著「心の社会」で、心について「一つひとつは心を持たない小さなエージェントたちが集まってできた社会」と位置づけ、人工知能と人間の集合の間に心があると考えました。

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数学者の岡潔は人間と識学の間に情緒があり、それが大事なのだと言っています。

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当初はテクノプレナーシップとリベラルアーツを並列でとらえていましたが、対話と思考を重ねていくうちに、リベラルアーツの対になる概念は、テクノプレナーシップではなく、テクノロジーとする方がしっくりくることに気がつきました。 f:id:abeja:20190325141905p:plain

リベラルアーツで問いを立てていくことが、テクノロジーを秩序立てて使っていくことにつながる。その過程を経ることで、初めて社会に実装することができる。そう整理して、リブランディング後のテクノプレナーシップの概念を、テクノプレナーシップの中にテクノロジー、リベラルアーツ、アントレプレナーシップという3つの要素が含まれていると、とらえ直しました。

ABEJAはスペイン語で「ミツバチ」という意味なのは、皆さんご存知だと思います。ミツバチは八の字のダンスをしますが、太陽の位置に対する八の字の角度で、蜜の場所を仲間に指し示します。このダンスで描かれる八の字が、リブランディング後のABEJAのテクノプレナーシップの円環として位置づけられました。 f:id:abeja:20190325135318j:plain

テクノプレナーシップの定義を固め、その後にタグラインやミッションを決めていきました。タグラインの「ゆたかな世界を、実装する」の「ゆたかな世界」とは何かという問いが生まれる。このこと自体が、リベラルアーツを表現していると考えています。

絵の具のように混ざり合う組織

2人の説明の後、メンバーとの質疑応答があった。

Q:岡田さんは、テクノプレナーシップを育む場として、社員に対してどんな形でABEJAを活用して欲しいと思っていますか?

岡田:ABEJAという会社を使い倒して欲しいと思っています。結局、科学そのものは、自分自身の行為が正しいのかどうなのか永久に判断できない。だからこそ問いを持つためのリベラルアーツが必要なのです。テクノプレナーシップについて考える場にとしてABEJAを活用し、ここでテクノプレナーシップの考え方を自分のものにした人が起業したり、他の会社に行ったりして、他の組織にもこの概念が広がっていくと世界がよくなると考えています。

「育成する」「育成される」という考え方はテクノプレナーシップらしくないと思いつつも、ソフトバンクがやっている「ソフトバンクアカデミア」のような、テクノプレナーシップの講座も開きたいと考えています。スタートアップが社会に対して講座をやるなんて頭がおかしいと思われるかもしれませんが。

テクノプレナーシップの3つの要素を一人で完璧にできる人はスーパーマンです。でも一人で完全を目指す必要はありません。一方で、3つのうち1つの要素しか持ってない人はテクノプレナーと会話できない。だからこの3つの要素が濃淡はあっても混ざり合っている状態がいい。その上で、組織としても混ざり合っていく。絵の具のように。それが理想です。

Q:先ほど「絵の具のように混ざり合っていく」という話がありました。私の理解だと、テクノプレナーシップの構成要素「テクノロジー」「リベラルアーツ」「アントレプレナーシップ」は、ヘンリー・ミンツバーグ(カナダの経営学者)のいう「アート」「クラフト」「サイエンス」の3軸にも近いものがあると思っています。このあたりについては岡田さんはどう思いますか?

岡田:テクノプレナーシップの3要素とミンツバーグの3軸は、使う言葉が違ってはいますが、似ている点は多いと思います。アートはリベラルーアーツに近い。サイエンスとクラフトはアントレプレナーシップとテクノロジーに近い。

テクノロジーはサイエンスとクラフトの間のようなニュアンスがありますが。結局、混ざり合うことがとても大事です。アートだけだとよく分からないことになるので、サイエンスとクラフトと繋いでいく必要がある。逆にサイエンス側の人は数値主義だけでやっていくのではなく、利益や数値で語れないKPIもあるということも踏まえて全体を理解できるようになるといいと思います。今は上手くいかないことでも、時代が違ったら上手くいくこともあるわけだし、色々な感覚を融合してやっていくことが大事だと思う。

Q:長谷さん(ABEJA取締役)はテクノプレナーシップの解釈についてどう思いますか?

長谷直達:岡田さんの話に近い解釈をしています。会社が思いっきりブレイクする時は、アートとサイエンスとクラフトの3つのバランスがとれているときです。

新しい事業を立ち上げる時や、事業上の大きな課題を解決する際の初期の着想は、論理的ではないことも多いですよね。その着想と、会社として推進力を得たりチームを作ったりすることも合わせて取り組まないと、結局大きなインパクトは生み出せないと思っています。

様々な人たちが混じり合い、「会社なのかどうかよく分からない」くらいの曖昧な組織が、結局は強いのではないかと思っています。岡田さんはよく「リソース無限大」と言いますが、内外関係なく混じり合っていけるといい。ABEJAでも実際、社員ではない人がABEJAに様々な形で関わり、同じ目線で一緒に話をしてくれている。この会社が成長していくために必要な人材を混せ合わせながら推進していくことが、テクノプレナーシップに繋がるのではないでしょうか。

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あえて定義しない「ゆたかな世界」

Q:「ゆたかな世界を、実装する」の英訳は”Implement a Fruitful World.”「ゆたかな」の英訳がなぜfruitfulなのですか?

大林:「実りある」というニュアンスです。土壌のゆたかさという意味も表現したかった。「ゆたかな」という日本語への直訳ではなく、少し詩的な表現にしている。

Q:普通は、「ゆたかな世界を実現する」になるところを、あえて「実装する」にしているところにこの言葉の面白みとメッセージ性があるのだと思っている。fruitfulはしっくりくるが、implementは、本来の意味が十分伝わらない気がする。

遠藤哲生:英語ネイティブの人とも議論し、わかりやすさだけではなく、違和感を持ってもらうことも含めてこの英訳に決まりました。

Q:「ゆたかな世界」の「ゆたかな」のイメージを共有して欲しい。どういう状態のことか? 大林:視覚のイメージはなくて、感情の状態のイメージです。バイブスが高まっている状態ともいえます。ハイテンションというわけはないが、充実している状態のイメージと考えていただければ。

岡田:「ゆたかな世界」はリベラルアーツ的な問いを立てるための言葉。何をもって「ゆたか」なのかを定義し、明言した瞬間、怪しくなってしまう。「本当にその通りになるのか」と疑問が生じるでしょうし、時間の経過とともに「ゆたか」の意味自体も変わっていくでしょう。

「ゆたかな世界」はそれぞれに異なる世界観があっていいと思いますし、それが全体最適でなくてもいい。全体最適な社会をつくった瞬間、つまらなくなってしまう。だから、individualな観点と全体最適の観点を行ったり来たりする必要があると思っています。individualな個人が幸福を感じられる社会であることは大事なので、これを大前提にした上でどういう世界をつくっていきたいのかを考えていきたいと思います。

Q:AIがどんどん進化してアルゴリズムが今の人間の知能以上のものになった時のイメージを抱きながら、我々が目指すべき「ゆたか」の状態については定義がないということは、岡田さんの話で分かりました。では、個々人の考えで好きにやっていきましょうという理解でいいんですか? 大林:「ゆたか」を「音楽」に置き換えて補足してみます。音楽を好きだと一口に言っても、クラブ音楽が好きな人や、クラシックが好きな人がいる。そんな違いです。ある「ゆたかさ」が、ある人にはすごく響いても、ある人には響かないかもしれない。ほかの人たちに響く別の「ゆたかさ」もありえる。そんなイメージです。

Q:「ゆたかな」が漢字ではないのはなにか意味が?

大林:開いて、やわらかい印象を持つようにしました。未来は今の子供たちのものなので、子供にも伝わる言葉という意味も込められています。

Q:「ゆたかな世界」や「テクノプレナーシップ」は様々な意味があっていいという岡田さんの意見だと、社員一人ひとりの目線がバラバラになってしまいませんか。そうであるなら、タグラインやテクノプレナーシップを会社として設定した意味は何でしょう?アラインしなくていいのであれば、そもそもなぜこれを設定したのでしょう?反対とか批判ではなく、純粋な疑問です。

遠藤:2年前に岡田さんに「ベンチャー企業はトップの思想でKPI(業績評価指標)をつくり、その目標に向かってどんどん進んでいくことの方が楽なのではないか」と聞いたことがあります。その時に岡田さんは「そのほうが絶対楽だと思う」と答えた。それでも、KPIを達成した後に続くものも考えて、あえて曖昧で違和感のある状態にしているのだと思う。「分かりやすさ」がよい、ととらえず、分かりにくい状況でどっちに進むのがいいのかを個人やチームで考えていく状況をつくりたかったのだろうと思ってます。

岡田:その通りです。あえてつかみどころのないイメージのままにしているのは、世の中の会社が掲げているビジョンについて疑問を持っているからです。実際、何年たっても掲げられるフィロソフィーなの?と思うものもあります。

これ!という明確な指針を設け、そこに向けるベクトルをあわせる必要はなく、モワモワの状態でいいと思っています。大事にしたいのは、ベクトルの太さ。どれだけそこに向かって早く走るのではなく、矢印の太さを太くし、モワモワした指針につき刺していきたいイメージを持っています。

これまでの会社の方針の立て方とは真逆の方法です。でも、この考えややり方が「結局合っていた」と言えたら気持ちいい。多くの人が間違っていると思っていたやり方でうまくいくことを証明したい。みんなの成功法則に従ってやることは小さい成功に繋がるかもしれないけれど、大きな成功には繋がらない。スーパーハイリスク、スーパーハイリターンでチャレンジしていくのが面白いと思っています。(了)

注釈
※マーヴィン・ミンスキー

アメリカの認知科学者で専門は人工知能。マサチューセッツ工科大(MIT)の人工知能研究所の創設者のひとり。「人工知能の父」と呼ばれ、ヘッドマウント型ディスプレイを発明、「パーセプトロン」「フレーム理論」「心の社会」などの理論を打ち立てた。現在はMITのメディアアート、電気工学と計算機科学の教授。

※岡潔

日本の伝説的な天才数学者。当時世界の数学者の誰もが手に負えなかった「多変数函数論」の三つの大問題を一人ですべて解決した人です。これらの業績により文化勲章を受章し、橋本市最初の名誉市民となりました。日本人でフィールズ賞(数学界のノーベル賞)を受賞した3人の数学者も岡の研究成果の恩恵を受けています。